昔から受験して合格してから伸び悩むという問題があって、中学校側も何となく問題が解けるように大量の問題演習をしてきた子たちではなくて、根本から理解できているからこそ考えることが出来る受験生を選別しようとしてきました。最近では偏差値50程度の中学校であっても、単純で簡単だけれども自分の頭でちゃんと考えないと答えが出せない問題を出題するようになってきました。これに対してとある大手塾では「もっとたくさんの問題演習をもっと早い学年から」と説明会でアナウンスしているという話を聞きました。はっきり言ってミスリードです。学校側のメッセージは解き方を意味も分からずに大量に解くことで学力偽装した受験生よりもちゃんと自分の頭を使って考えられる生徒が欲しいという明確なメッセージがその作問から読み取れるからです。
もちろん、ちゃんと将来の大学受験に向けて思考出来る受験生を選別するためには算数でしかその判定をできる教科はありません。社会も理科も小学生範囲の知識では思考を問う作問をすることは極めて難しいからです。これは灘の先生がおっしゃっておられたことです。 現在の小学校は概念形成をおろそかにして、塾通いは焦って競争に勝ちたい一心から低学年から塾漬けになり、無駄なプリントを大量にやって学力を偽装して難しい問題が出来ているようにして安心感を得たいのだと思うのですが、どんどん思考からは遠ざかる学習方法であることは確実です。
途中の必要なステップを飛ばして訳の分からない難しい問題をいきなりやらせると子供たちは暗記と言う手段に走ります。そして自分の頭で考えなくなります。そして、出来ているように親の方も誤解をして、さすがは大手塾だとご満悦になるのです。
人間の脳の発達段階や成長速度は昔も今も変わりありません。脳は複雑だからこそ、少しずつしか発達していかないのです。東大の法学部や医学部に合格するような人たちは、早期教育こそ勝利の鍵ということだったのでしょうか?答は否です。もちろん、ある程度学校の教科書はどんどん学習していっているでしょうけれども、そんなに極端なことはしていないはずです。せめて小学4年生ぐらいまでに6年生までの基本的なことを習得しているということぐらいでしょう。それ以上にもっと頑張って、教育産業を利用して先取りしていらっしゃる方もいるかもしれませんが、大抵はバーンアウトしてしまっている方が多いように思います。小学3年生まで学校の宿題で10分しか勉強せずに野山を駆け回っていた田舎の方も多いのではないでしょうか?田舎の秀才は大学そして社会人以降が強いです。 ちなみに塾での大量のプリント学習は小学校の低学年は高学年の受験テキストの焼き直しであると言っておきましょう。本当は量感覚を身に付けるにしても、幼稚園時代には「厚薄」「深浅」「高低」「長短」「遠近」という感覚を体得していなければならず、小学校低学年では、ピアジェが有名ですが、量の「連続性」「保存性」「加法性」「比較可能性」という量感覚を体験を通して現実世界と結びついて概念形成されていないといけないのです。すなわち、「経験が豊かであるかどうか」ということが9歳までは重要なのです。ペーパーではないのです。野山駆け巡って友達と遊ぶ中でも立体感覚や図形感覚、数量感覚なども実は養われているのです。そのほうがペーパーよりも脳には刺激的で現実と結びつけるための効果的方法なのです。ですから、東大法学部に合格するような人が小3まで学校の宿題を毎日10分と言うのは嘘ではないのです。
脳と肉体との関連は徐々に判明してきています。身体が鈍ると脳が鈍るのです。中年以降に知的生産性が下がるのは体力の低下が原因であることは、つとに有名だと思います。受験生の盲点として運動不足ということが挙げられます。「スマホ脳」がベストセラーになっているアンデシュハンセンという脳科学者は、「脳を鍛えたければ身体を鍛えよ」とまでその著書「最強脳」で言っています。
たとえ超難関校であっても1年や2年の受験勉強で合格する人や塾に通わずに合格する人は、一定数いるのです。弊塾では自学学習が難しい算数は習いに来てもらい他の教科は自学自主してもらっていますが、ほとんどの塾生は第1志望に合格しています。むしろ、塾通いした場合の弊害の方がどんどん増えていって、やっても意味のないアンマッチな大量の問題演習で思考する人間は生まれてこないように思います。普通に考えたら当たり前のことだと思います。
都会は教育産業がさかんなため、早期教育に走りやすく小学校教育をバカにしがちです。都会だと大手企業や医師、弁護士などの社会的ステータスが高い場合が多いので、親の方は大量の情報処理をしていて、小学校の勉強を自分もしていたことや簡単なことが概念形成できていなかったことなど忘れているので「こんな薄い簡単な教科書を1年もかけてやるのか?」となるわけです。そこで「塾に通わせよう」となるのでしょう。日本の小学校の教科書は世界最速のカリキュラムなので、簡単で薄いわけでもなくあれだけの内容をしっかりと概念形成するのには時間がかかるのです。小1の学習内容をあなどるなかれです。計算出来ればよいだけではないのです。繰り返し鍛錬して概念形成しなければ計算だけできても意味が分かっていなければ高学年で算数が分からなくなってしまいます。小学過程の学習は実体験に基づいて現実世界と教科内容を結び付けて学問の基礎をつくる段階なのです。現実世界のことが体得できていなければ、抽象的世界の学問には入っていけません。我が子3男1女を東大理Ⅲに合格させた佐藤ママも子供の前で「小学校の勉強は簡単だ」とは絶対に言わないとおっしゃっておられました。小学校の概念形成なくして受験の勉強など積みあがるハズがありませんので、おっしゃる通りです。
さて、このように小さいころからプリント漬けにして、肝心の考えるということからどんどん遠ざかっていきますので、複雑で少しずつしか発達しない脳の配線をぐちゃぐちゃにしてしまって、知性を破壊してしまい「当たり前のことを当たり前に考える」ことが出来なくなっている生徒たちが増えてきています。それは都会という教育産業が発達したところでは、こぞって我が子をベルトコンベヤーに乗せて大量生産で人工的に秀才を作ろうという文明実験なのでしょう。行き過ぎた先取りとあまりにも違い過ぎるレベルの問題演習が命取りとなっています。
結論は出ています。それは知性を破壊するだけであって、うまくいっているように見えていても、学力の偽装工作なのでいつかは化けの皮が剝がれるという事態、受験まで辿り着けず学力崩壊の危機を含んでいて、たとえ中学入試を突破できたとしてもその後の伸び悩みやバーンアウト症候群が待っているだけなのです。都会での小学校教育という概念形成をバカにする傾向が拍車をかけていて、もはや受験までに学力崩壊を起こす受験生が増えてきていると言います。
なので、異常に過当競争で煽られて焦るお気持ちは分かりますが、準備万端整えた、ある一定以上の学力があるVIP(5校も10校も合格実績を稼ぐ受験生)にまで達していないとほとんどの受験生にとって、その毎日の猛勉強は無駄であると言っておきます。ごく一部のトップ校を除いて身の丈に合った正しい学習方法さえできれば、十分に合格できるのです。 頑張っても未来がない学習方法もあるということを知っておいてください。
結局「大は小を兼ねる」「先取り教育こそ勝利の鍵」という中学受験の2大闇があるのです。実は「大は小を兼ねません」「(現在の都市部の行き過ぎた)先取り教育こそが敗因」なのであって、「(受験前の)学力崩壊」と合格後の「バーンアウト症候群」を生んでいるのです。こうやって中学受験合格までもたどり着けない人、中学受験までの人、大学までの人、入社までの人たちがたくさん出てしまうのを今の受験産業は手伝っている面もあり、受験産業側にそうした意図のあるなしにかかわらず、利用する側の活用の仕方が問われています。
弊塾では、基礎基本から磨き上げるという本来の学習によって思考できる人を育てるという未来につながる勉強方法を大切にしています。また、勉強だけでなく、受験で「頭」を鍛える土台は、あくまでも「体」と「心」であって、これら「心と体と頭」を健全にバランスよく鍛えることこそが「人生成功の鍵」なのだと考えています。